『鴻風楽舎』〜「尺八広場がいや」から

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zoom RSS 『10年若かったら〜』と尺八雑感

<<   作成日時 : 2016/12/30 19:14   >>

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 『もし、10年若かったら〜』と、人生のある段階で感嘆する言葉。これはいつの年齢で発するようになるのかと、ときどき思うことがありました。
 おそらくその人、その年齢、その場面、その切なさなどなどで様々でありましょう。

 尺八に於いてもその場面は、数々あります。
 せっかく習い始まっても、思うように進まない。体力・気力が続かなくて、練習もままならない。
 リズムや間が取れない。速くて付いていけない。その他etc。

 こんな時、『もし、10年若かったら〜』と嘆きたくなるがあることでしょう。
 でも『もし、10年若かったら〜』という嘆きのるつぼにはまってしまったら、明日がさわやかに明けないかも知れません。
 だから本当は開き直って良いのだと思うのです。
 誰だって最初はわからない。続けることで、わかるようになり、わかる人たちの仲間入りをすることが出来る。・・・と、こう考えると良いのでしょう。
 以上のようなことは、誰だって経験をしていること。わざわざここに書くようなことではありません。

 私が身に置き換えると、同じ年代の人と尺八を勉強していますので、一つは『もし、10年若かったら〜』という気持ちを振り払いながら、尺八の練習を続ける方と御一緒出来ること。
 二つはその姿勢から多くのことを学べること。三つは自分なりに反芻して、お応えしようとすること。それが自分の向上に役立つこと・・・
 などなど、とっくに『もし、10年若かったら〜』と嘆く年代にある者として、同類項として良い循環を得ていることを感じます。

 もう一つ感じることは、『もし、10年若かったら〜』とは対極を成すありがたさがあることです。
 その年代にふさわしい熟し方を実感としてつかめるようになってきた、ということでしょうか。
 さほど魅力を感じていなかったことに対して、「そうではないのだ!」と、それが持つ良さに気づくことがあります。
 「年の功」というものが成せるワザでしょう。

 これもすべての人に共通することです。私の場合、尺八の技能や曲の面、奏法などいろんな観点から、こうしたことに巡り会える楽しみと幸せを感じさせられています。

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